いざという時のために出来ること。

こんにちは、まちのこです。

〝いざという時のために~〟というセリフがある。

これは備蓄を意味しこれが過剰になると余計な荷物をしょい込むことになる。

そんなまだ見ぬ〝いざという時〟のために何をするべきか考えてみよう。

いざに対する物差しと備蓄は反比例⁉そのわけとは。

先日、職場の同僚が仕事中に体調を崩した時の話。

急に高熱が出だし悪寒がすると言い出した。

早退も出来ない空気、本人もそれを察しては帰るとは言わない。

その人の勤務時間が後残り4時間程、なんとか乗り切らなければならない状況。

キツそうだったので、栄養ドリンクを差し入れてみました。

そして後日その人から

〝この前はありがとうございました〟

とお礼の言葉をもらい私も

〝あのドリンクで少しは楽になった⁇〟

と聞いてみました。

すると〝あれ飲んでいません、いざという時飲もうと思います。

と返事がかえってきました。

うん⁉いざという時⁉

あの日のしんどそうな感じ、私には〝いざという時〟と同じくらい一大事なことに見えたのだけど!

急に熱を出し、生産性は落ち、大なり小なり周囲に迷惑と心配をかけた。

このレベルは彼にとっては〝いざという時〟には値しない。

これが違うなら彼には〝いざという時〟なんてそうそう訪れないのではないかと私には思えた。

〝いざという時〟への物差しが厳しめ→本人も〝いざという時〟はそうそう来ないと思ってる→備蓄も少なめ。

私的にはこの図式かなと思っていたらそうではないらし。

本人曰く貧乏性で何かともったいないと思ってしまい、いただき物とか使わず取っておくので備蓄はかなり多めらしい。

〝いざという時〟のジャッジが厳しめの正体はもったいないだったのです。(なーんだ)

備蓄は豊富でも使わない、逆もったいないパターン。

自分の〝いざ〟を見極めて。

今回の話は備蓄の正体が〝いざ〟ではないので話になりませんが、本当の〝いざ〟ってどんな時なのでしょうか。

いざの種類もありますが、備蓄が必要な〝いざ〟

それぞれ個人差はあると思いますが、私にとっての〝いざ〟は人様に迷惑をかけるような事案。

風邪などで仕事を休まないようにちょっとでも風邪の気配を感じたら飲む薬。

後は天災。

住んでる地域やそれぞれの健康状態(出歩くのが厳しいなど)にもよるとは思いますが、あと高齢者の方など。

この理由以外の普段の暮らしの〝いざ〟には大袈裟な物の備蓄は必要ないと思っています。

今は24時間、365日お店は開いている時代。

お金も24時間おろせます。

お店に行かずともインターネットで買い物はできますし。

夜中に具合が悪くなったとしても救急病院もある。

本当に〝いざ〟に必要なこと。

いざという時のお金はある程度必要かと思います。

生きてる上でお金は大事だし。

物に関してはある程度お金で解決できる。

その他日常の小さな備え、ちょっとした薬や絆創膏など。

生活を不自由にさせないためのもの少し持ちたい。

本当に誰にも予測がつかない天災への備え、防災への意識は必要かと。

しかし、これも物に関しては大袈裟なものでなくていいのかも。

いざ逃げる時は防災備蓄といえどもそんなには持って行けないだろうし。

物よりも避難経路、場所を把握しておく方がずっと大切。

ミニマリストは天災に弱いと思われています、無駄な備蓄は持たないから⁉

これってホント⁉

無駄な備蓄を持たない、無駄ながポイント!

かえって備蓄で物を増やすより、物の少ない生活の方がよっぽど〝いざという時〟にフットワークが軽く動ける。

こちらのほうが〝いざという時のため〟になる気がします。

あっ、ウチの場合、猫の餌はいざという時のための備蓄はある程度必要。

だって、決まった餌しか食べてくれないから(笑)

彼らは私の心のお守りだから仕方ありません。

本日お読みいただきありがとうございました。

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